2nd
□ダンデライオン
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「嫌ですね、スパイだなんて。俺だって情報屋のプライドくらいありますから。だからこそ、俺にとって利益になるものが引き換えになるなら、話は別ですけどね」
臨也の自嘲を交えたような物言いに、暴力団の一端である伊崎という男はその眼から品定めでもするような色を漸く薄くした。
やっとまともに話せる、と臨也は胸中で薄ら笑いを浮かべる。
とは言っても、臨也とて嘘をついたわけではない。粟楠会と敵対関係にあるからと言って頼まれてもいないスパイをする気はさらさら無いし、頼まれればそれ相応の額を要求するつもりだ。
「酷く素直なんですね、折原さんは」
伊崎は口許を横に引くと、その目を細めた。笑みと形容するには鋭すぎるその表情にも臆することなく臨也は笑顔で、ありがとうございます、と返す。
臨也の中の殺気の比較対照と比べれば、鋭利ではあるが恐れることもない。寧ろ慣れたものだ。
…けれど、高校で知り合った当初よりは、静雄の殺気も幾らか穏やかになった。殺気という時点で穏やかでないのは確かだけれど。
「さて…折原さんは何が聞きたくてわざわざこんなところまで来たんですか?
理由もなく危険を冒す必要もないでしょう」
貴方は粟楠と親しいそうじゃないですか、とただ単純に尋ねただけのような声に、臨也は当たり前とでも言うように笑った。
「知識欲ですよ。それ以上の理由なんか持ち合わせていません」
そうですか、と小さく頷いた伊崎の視線が机に置かれた資料に行く。
本題に入るか、と口を開こうとした時だった。
不意に響き渡った着信音。
音源を探せば、それは伊崎のポケットから取り出された携帯だった。
失礼、とひらりと上げられた手に小さく頭を下げる。
「もしもし。
……そうですか。誰です?」
すぅと冴えた声に、臨也は興味津々でその会話に聞き耳を立てた。
誰かがここに入り込んだのだろうか。だったら相当な勇者だ。情報屋という相応の理由がなければ、臨也もこんなに悠長にソファに腰掛けていなかっただろう。
そんなことを思っていれば。
「平和島静雄?」
耳慣れた名前が伊崎の唇から紡がれ、臨也は耳を疑った。
平和島静雄。シズちゃん。
こんなに珍しい名前の奴がそんなにたくさんいるはずもない。でも、こんなところに何をしに?
心臓のあたりがキリキリと痛い。状況を知ろうにも、電話では限りがある。
「それはまた厄介なのが来ましたね…
……ほう、聞いてみます。捕らえられないようなら好きにしてください」
そう言って電話を切った伊崎は、呆然としたままの臨也に笑いかけた。
はっとするもすでに遅く。
「折原さん、少しお聞きしたいのですが。
平和島静雄が此処に乗り込んできたんですよ。その彼がしきりに、臨也は何処だ、と喚いているとのことなんですが――?」
冷たい声が、臨也の胸を切りつけるようにそう紡ぐ。
知らない。静雄に現在地をばらすようなことはしていないし、こんなところまで来る理由なんてものはないだろう。わざわざここまで追いかけられるほど気に障ることなどした覚えもない。いや、し過ぎて分からないということか。
動揺を隠すように笑みを形作ると、臨也は立ち上がった。
「何か奴の気に入らないことでもしたんでしょうね。直ぐに追い払ってきますよ」
「いや、構いませんよ。平和島静雄がいくら人間離れしてるからと言って、うちの者も簡単にやられるほど柔ではないでしょう」
浮かべられた微笑みが、堅気ではないのだと物語る。
暴力団。当たり前の常識が通用しなければ、銃刀法も無に等しい。
自分も此方側の人間ではあるけれど――、
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