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□唇プレリュード
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かちゃん、と眼鏡が手から滑り落ちる。ほんの一瞬で鼓動が跳ね上がった。周囲の音が遠くなる。
唇が離れて、ぽかんとする臨也を静雄は赤ら顔で睨みつけ。

「手前が悪いんだからな。自分勝手に顔なんか寄せてくるから」

「…え?」

理解が追いつかないまま静雄に劣らないほど顔を赤くする臨也。静雄はそんな臨也に痺れを切らしたようで、唇を噛み締め声を荒げた。

「手前の都合で眼鏡掛けるのは勝手だしあからさまな反応したのは俺だけど、でもこうなるように顔近づけて来たのは手前だからな!恨むなら自分を恨め!」


「――べ、つに、恨まないし…」


「…は?」

自分でも変だと思う。おかしいと思う。
――けれど、不思議と静雄の唇を嫌悪する感情は沸いてこなかった。代わりに妙な気恥ずかしさに襲われる。
自分がしたことが悪かった気がしてきて、でもそれを認めるのは気に食わなくて、震えそうな唇に気づかれないように声を荒げた。

「だ、大体、何で…っ、したの、こんなこと!!シズちゃん、顔近づけられたら誰にでもこんなことするわけ!?」

「そんなことあるか!
好きな奴にしかこんなことしないに決まってるだろ!!」

――そう吠えて、静雄ははっとする。自らの紡いだ言葉を咀嚼するように視線を揺らし。
…その顔は、沸騰したように真っ赤になった。

「え、ちょ…シズちゃん?」

どういうこと?男同士。喧嘩相手。なのに、口付け。その上、「好き」?

きょとんとしている臨也に背を向けた静雄は、そのまま教室を走り出て行った。
その場に残されても尚動けないままでいれば、不意に人が歩み寄って来て落ちたままだった眼鏡を拾う。
――そこで、周囲のあまりの静けさにハッとした。

「教室なんかでキスなんて、ラブラブだね」

「臨也でもあんな顔するんだな」

「ッ!あれは不可抗力で…っ」

あまりの恥ずかしさにこの場から逃げ出したくなる。きっと平然を装っても、顔の赤さは誤魔化せるはずもなく、滑稽になるだけだ。
睨みつければ新羅は、「やっぱり僕の言ったことは本当だっただろう?」と嬉しそうに言った。納得はしたくないが、認めざるを得ない状況に黙り込めば、門田が臨也に眼鏡を渡しながら言う。

「――で、言われっぱなしか?」

「え、」

「まぁ俺は、臨也も静雄も親しいのに変わりはないから、どうなっても良いんだけど」

「僕は付き合ってくれたほうがいいかな。喧嘩も少なくなるから、怪我の手当ても減るし」

言いたいことが分かれば、他人事だと思って、と唸ってやりたくなる。
静雄は知らないが、自分にとってあまりにも唐突過ぎる。それに、必ずしも恋愛感情とは限らないじゃないか。
――そう言ってやろうとすれば。

「キスから始まることもあるかもな」

「――勝手すぎるよ」

そう呟いた臨也は、眼鏡を机に置くと黙ったまま教室を出て行く。喧嘩はするなよ。どこか固いその背に呼びかけた門田と新羅は顔を見合わせて笑った。

「もう始まってるくせに、素直じゃないんだから」






END
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