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□切愛和音
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それから数日。
いつものように呼ばれた臨也は、新羅の楽しそうな顔に、何があるかなど分かっていた。
首の腫れはようやく引き、微かに針の跡が赤く残るだけになっている。
その上に添えられた唇に、臨也は僅かに身体を捩った。
服の裾を捲りあげて割り込む新羅の指は、臨也の胸の飾りを苛み、ぷっくりと淫らに尖った蕾を指先で詰る。

「臨也、今日は何を使いたい?」

「新、羅」

「まぁ、聞いても分かんないだろうけどねぇ」

「新羅、聞いて…っ」

今日だけで何度、この台詞を吐いたか。何度無視されたか。
緊張に乾いた口を潤そうと出された紅茶を不用意に飲み、馬鹿みたく身体から力が抜けて。ただ動く唇すら、ほわほわとした感覚に包まれて上手く回らない。
それでも、何度も、何度も。

「これなんかどう?こっちと混ぜたら、良い感じになると思わないかい?」

「…新羅……」

聞いて。聞いてよ。
お願い、新羅、聞いて。

「新羅ぁ……っ」

――ぱたり、と新羅の手が止まった。
何処か冷めた瞳。しかし唇を飾る笑みは変わらない。
そんな何処か恐怖を抱くような表情を、臨也は顔を背けずにじっと見やった。

「――もう、止めようよ…」

彼は唇を開かない。
すぅと引いた口元の笑みだけが、その場の空気すらも凍りつかせる。
呼吸すら凍えてしまいそうだ、と、激しく脈を打ち鈍痛を響かせる頭に思う。

「シズちゃんに言ったんだろ?言ってないなら、もう言っても良いよ。俺は、新羅とこんな関係のままは、嫌だ。
こんな風に、隠すために新羅とセックスするほうが、もう…辛い――」

喉は乾いて張り付いた。ただ発しにくい声は、苦しげな響きをもって冷えきった空間に霧散する。

…静雄は、俺の異変に気づいてくれた。幾ら下手な嘘だとしても、見破ってくれた。倒れかけた俺を、抱き止めてくれた。
それだけのことが、そんなにものことが、臨也の不安定だった胸を、乾いていた心を、やさしく包んだ。
きっと彼なら、自分の馬鹿げた想いを知っても、拒絶くらいはしようとも言いふらしたりはしまい。避けられても、そこで素直に受け止めよう。それはきっと、なるべくしてなった道だ。

――すると、不意に新羅は笑った。
一瞬にして場の空気が緩む。呼吸を許された気がして、臨也は無意識に大きく息を吐き出した。

「…分かったよ。臨也がそう言うなら、もう止めよう」

新羅はそう言って、臨也から手を引いた。
それから、黒いシャツを丁寧に直して、ソファに横たえたまま動けない臨也に、いつもの無邪気な笑みを向ける。

「もう色んなものを試せたし。ああ、この弛緩剤、すぐ切れるやつだからもうすぐ動くようになるよ。
またいつでも来てね」

新羅は、笑う。その笑みは恨むべきなのに、胸は痛みを伴って苦しくなった。
――そこには、臨也が知る感情が確かに存在していたからかもしれない。



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