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□落下点
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――しかし、するり、と静雄の指は臨也の喉元から離れ、新鮮な空気が喉を通った。
足りなかった酸素を肩を揺らして取り込みながらもきょとんとして静雄を見れば、妙に不機嫌な顔をしていて。

「…萎えた」

「は?」

予想もしなかった言葉に、臨也は思わず素っ頓狂な声をあげた。
まるでその代わりとでも言うように、静雄は唐突に臨也の胸ぐらを掴む。
ぐい、と身体を引き寄せられ体勢を崩し、静雄に倒れ込みそうになり――

その身体は、静雄の唇に受け止められた。
突然唇が重なることなど誰が予想出来ただろうか?
臨也は驚きにその身体を押し返すも、静雄は離す気が無いのか身体を更に引き寄せ、がち、と唇越しに歯がぶつかった。痛みに顔をしかめれば、静雄は楽しげに口角をつりあげる。
そして、一瞬離した唇をまた重ね、力ずくで舌を差し入れてきた。

「はぅ…ん、ぁ…ふっ…」

くちゅり、ひちゃり。淫猥な水音が唇の隙間から漏れ、冷たく濁った路地裏へ響き渡る。
もう逃げられない。意識が甘い感覚に自ずから誘われていく。引き戻そうにも、自分は彼の口付けに弱すぎて。
口内を蹂躙する滑る舌は、口腔を満遍なく染め、固まる臨也の舌を絡めとる。その舌を吸い出され甘噛みされれば、堪らずに吐息が零れた。
気持ち良い。先刻まで首を絞めていた奴の唇だなんて思えないほどに。

ようやく唇が離れ、気がつけばしがみついていた静雄のシャツから指を離した。
静雄の呼吸は別段変わらないのに対して息を荒くしている自分に苛立ちを感じながら、臨也は静雄を睨み付ける。…どうせ、威圧できる迫力などないのだろうけれど。

「何の、つもり?」

「嫌がらせだ」

「はぁ?…全く、嫌がらせ、になってない、んだけど……」

ああ、やっぱりこいつは理解できない。元から、理解など出来ると思っていないけれど。
静雄は臨也の胸ぐらから手を離すと、ぐに、と頬をつねった。痛いと喚くも、静雄は離そうとしない。

「やっぱり、手前と死ぬなんてありえねぇ。気持ち悪い。
…けど、手前が生きてるなら生きててやる。いつでも殺してやる」

――あんなに甘ったるいキスの後にしては、少し棘が有りすぎやしないだろうか。
そんなことを思いながら、それでも顔が笑ってしまう。
ああ、結局は彼なのだ。胸の内は分からないままだが、落下点を定めるにはまだ時期尚早なのかもしれない。

「それはこっちの台詞、さ。俺がシズちゃんを殺すから、それまで生きててよ」

ナイフを取りに行き、ゆっくりと静雄に構えた。切っ先の標準を、真っ直ぐ左胸へ向けて。

「臨むところだ」

そう言った静雄の澄んだ声は、妙に耳に心地好くて。

俺を殺せるのはシズちゃんしかいない。同じように、シズちゃんを殺せるのは俺しかいない。
――だから、俺は生きていなければいけない。
そういうこと、だろ?


凄んだまま歩き去るその背に、好きと囁いた。





END
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