250000HIT

□かなしき人へ、
3ページ/5ページ


「だから、手前の嫌いになれっていう言葉なんか聞く気もねぇんだよ。
…あと、手前が俺を好きだとか何とかは、アホらしいなんて思ってねぇ。寧ろ、俺がはっきりしなかったから悪かったんだろ。
だから、俺はその答えにケリをつけるために手前を探して此処に来たんだ。
馬鹿とか書かれたメモとか、俺を散々切り刻んできたナイフとか、そんなもの置いていってどうするんだよ」

紅い瞳が、静雄の言葉に過敏に反応して見開かれた。聞きたい。聞きたくない。そんな矛盾が、その表情から見てとれて。
静雄は、小さく息を飲む。
冷たい路地裏。雑踏。肌を擽るように吹く風。そんなものは遠い一年以上経ったこの場所で、俺はあの日はぐらかした答えを返す。
ずっと、胸に秘めていた一言を。


「俺は、手前が好きだ」


「俺は、経験しないと分からねぇから。手前が居なくなって、毎日が単調に思えるようになって。確かに平穏だったけど、あれは違う。ただの空虚だ。手前がいねぇと、馬鹿みたいにつまらねぇ。
――もし手前が俺の事がまだ好きなら、俺の言葉を受け入れてくれるなら、」

俺は手前を大切にしたい。
…しかし、その言葉は紡がれる前に臨也の腕によって遮られた。
突然、臨也が胸に飛び込んできたのだから。

「嘘じゃない…?」

臨也は、囁くような声音で、静雄へ問いかける。
柔らかく艶やかな髪を撫でれば、ふわりと優しい香りが鼻を擽った。

「嘘なわけあるか」

どれだけ、こうして臨也と再び言葉を交わすことを望んだだろう。なのに、こうして体温が伝わる距離まで近づくなど、考えられもしなかった。
…臨也は、静雄の胸に埋まったまま口を開く。僅かに聞き取り辛い声ではあったけれど、静雄は全てを鼓膜に焼き付けるかのように瞼を閉じてその声を聞く。

「叶わないって思ってた。喧嘩相手だし、絶対に断られるから、言わないでおこうと思ってた。…でも、言っちゃったからもうお仕舞いだ、って思えて。だから、シズちゃんの前から姿を消した。
…でも、今、シズちゃんが好きって…」

上げられた顔。潤んだ瞳は、ただひたすら綺麗で。
静雄は、優しく頷いて見せる。その自分より幾分細い肩を抱き締めれば、臨也はすらりと伸びた腕を静雄の背に回した。
そのうちに、腕の中からしゃくりあげる声が聞こえだした。


「…あいた、かった……っ!」


その一言に、どれ程の想いが詰まっているのかは知り得ない。
…けれど、確かに愛しさが籠っていたのは事実だろう。

ぱっと上げられた涙で濡れた頬。
それを綺麗に彩る光のような笑顔は、あの時「シズちゃんが好き」と言った笑顔と変わらず目を奪う。
恥じらいと、愛しさのつまった笑顔。ただ、もの寂しさは感じさせない。


「……好き」


紡がれた言葉を胸に刻み付けながら、臨也を掻き抱いた。
もう離さないように。何処か遠くへ行ってしまわないように。

「ナイフなんか置いていくくらいなら、手前が傍にいろよ…」




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ