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□かなしき人へ、
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そう思い肩を落としていれば。
それを見た彼女は、唐突に口を開いた。

「…て言う方が、正解なんでしょうけど。
――いるわよ。貴方がもし来たら、居ないって言っておけって言って寝室へ行ったわ。探し物があるとか言ってたから、寝てはいないと思うけど…
彼処の廊下を右に曲がった部屋が寝室よ」

波江の言葉を聞き終わるや否や、静雄は言われた寝室へ向かった。

居ないと言え。それは、拒絶の言葉に違いない。
…でも。会いたい。
一年という時間を彼の居ない世界で過ごして、徐々に大きくなっていた想い。

寝室の扉の前で一呼吸起き、跳ねる心臓をそのままにゆっくりと扉を開ければ――

――鼓動が止まるかと思った。
そこには、何ら変わらない漆黒の姿があった。
開いた扉が軋んだ音を響かせる。びくん、と肩を跳ねさせた彼も此方に気がつき、深紅の瞳に、双眸を見開いた静雄の姿が映った。
その唇から、一年以上耳にしていなかった言葉が紡がれた。ひどく懐かしく感じる声で。


「シズちゃん…」


気がつけば足が進んでいて。固まって動かない臨也の肩を、伸ばした腕でぎゅうと抱き寄せていた。
びくん、と跳ね上がった臨也の身体。…しかし、その腕は静雄の身体を押し返すでもなく、抱き締め返すでもなく。
それでも、久し振りに見た姿はただ懐かしくて愛しくて。

「何処行ってやがった、手前…っ」

「何処、って…」

戸惑いながら紡がれた臨也の声はただ頼りなく震えるばかりで、動揺しているのが感じられた。
何から話せば良いのだろう。そう考えるも、いざ目の前にすると頭は一瞬で真っ白になって。

…そこでようやく、恋人でも無いのに抱き締めていることに気がついて腕を緩めた。
ふらつくように静雄の腕から逃れた臨也は、静雄をじっと見つめたかと思えば――
じわり、とその瞳に涙が滲んで、紅い光が溺れた。

「…臨也……?」

名前を呼べば臨也は更にその瞳を潤ませ、瞼から溢れた涙が赤く染まりだした頬に軌跡を作る。
戦慄く唇は、消え入りそうに不安定な言葉を紡ぎだした。酷く、切ない声を。

「どうして、来るの…?意味分かんないよ、わざわざ喧嘩でもしに来たの?」

「そんなわけねぇだろ…喧嘩は構わねぇけどよ……誰が喧嘩だけのために此処まで来るかってんだ。そんなに暇じゃねぇ。
つーかナイフ、置いていきやがって…ナイフだけなんか、あっても意味ねぇだろうが…っ」

持ってきてやれば良かっただろうか。でも、まさか会えるとは思っていなかったから。
そんなことを思っていれば、臨也は静雄へ睨むような視線を向けた。

「何で、今更此処まで来るの…?嫌いになれって、言っただろ…っ
どうせ、ろくな興味も無いんだろ?俺がシズちゃんが好きなんて、あほらしいとでも思ってるんだろ?…なのに――」

「黙れ」

静雄の声に、大袈裟に肩を跳ねさせて臨也は固まった。
静雄は低くもよく通る声で、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


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