影の薄い彼女と彼らの日々

□過ち
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一般人を、斬った。
しかも姫様を守ってくれていた恩人を。

ぐったりと横たわる女を抱きしめ泣きながら姫様がその事実を口にした時、正直嘘だと思った。姫様がいた路地はマフィアがよくうろついていることで有名な場所であったし、今時そんな出会ったばかりの人間を助けるようなお人好しがいるとは到底考えられなかったからだ。姫様が他人の心を読めるということを、この時の俺は忘れていた。自分は間違ってなんかいないと、そう思いたかった。

――調べた結果、女の身元は紛れもなく白だった。確かに学生時代ボンゴレファミリーの幹部達と接触していた事実はあったが、それ以上のことは一つとして出て来なかった。


(最悪だ。最低だ)


ぐるぐるとループする思考に拳を握る。一度意識を取り戻した時に、扉の隙間から一瞬だけ見た彼女の顔色を思い出す。紙のような白さだった。薄っぺらい身体だった。小さかった。あの華奢な体躯を、自分は躊躇いも無く斬ったのだ。散るように舞った赤い液体が脳裏に甦った。


「…畜生…」


胸の奥に鎮座するどうしようもない重苦しさ。これが『後悔』というのか。気持ち悪い。こんな感情など知りたくなかった。兄貴は「目が覚めたら彼女にちゃんと謝れよ」と言うけれど、どうやって償えば良いのか判らない。何と言えばいいのか思い付かない。結局、毎日のように彼女が寝ている部屋の前に行っては、うろうろと歩き回り立ち往生することしか出来ない。意気地無しだと自分でも思う。だが、医者から言われたあの言葉が、どうしてもなけなしの勇気を根こそぎ奪ってしまうのだ。


『恐らくこの傷痕は、一生彼女の体に残ってしまうでしょう』


「…畜生…っ!」


扉に額を付けて歯を食い縛る。本当に、どう謝れば良いというのだ。何の非も無い、むしろ恩のある人間を卑怯にも不意打ちで攻撃しておいて、揚句一生消えない傷をつけただと?最早謝って許す許さないの問題ではない。怒り狂って泣き喚かれ、刃物の一つや二つ持ち出されても文句など言えない。言える筈も無い。だが、このまま彼女に会わず逃げっぱなしでいる訳にもいかない。とりあえず今日のところは彼女の様子を見て、それからどうするか決めよう。うじうじと悩んで行動しないより、まずはこの扉を開けなくては。

ごくりと唾を飲み込み、小さくノックをした。当たり前のように返ってこない返事に安堵しながら、冷たい扉の取っ手を握り締める。今まで熟してきたどんな任務よりも緊張する瞬間だ。ゆっくりと押し下げ、極力音を立てないように扉を開けた。思い切って中を覗き込んで――目が合う。以前見た時より数段顔色は良くなっているが、まだまだ具合の悪そうな女。そいつがベッドのすぐ脇の所でへたりこんでいる。いつ目が覚めたんだとか、何でそんなところにいるんだとか、色々言いたいことはあった。あったが、そんなもの全て吹き飛んで口から出たのは。


「…っ、すみませんでしたーーーッッ!!!!」


…情けないくらい体当たりな詫び言と、以前ジャッポーネのテレビ番組で見た最大級の謝罪行為――土下座だった。












後悔は、自分が自分に下した判決である。
―――メナンドロス



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