影の薄い彼女と彼らの日々

□リハビリと私。
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マフィア界の医療技術というのは、表社会と比べて随分進んでいるものらしい。
重傷患者であった筈の私が僅か二週間足らずで体を動かせるようになるだなんて、もはや奇跡だ。私はここの人達みたいに身体を鍛えている訳じゃない。貧弱な一般人が回復するには早過ぎる気がする。それでも最初の2・3日は体力の衰えが激しく、誰かに介助してもらはないと歩けなかったのだが。


(そろそろ、一人でリハビリしないとね…)


土下座事件を皮切りに、野猿くんは非常に甲斐甲斐しく私のことを看護してくれるようになった。…何て言うか、こちらが恐縮してしまうくらいに。
身の回りの世話から始まり、移動は必ず姫抱っこ。(おんぶは胸の傷に響くから駄目だと言われてしまった。)極めつけは食事の際、恋人同士でしばしば行われる行為――『口を開けて☆はいあーん(はあと)』だ。…これをやられた時は本気で、全力で、力一杯動揺した。

さすがにこれはいかんだろうと思い――というか、年下の美少年をいいように弄んでいる風に見える自分の所業に少なからず戦慄したのが本当のところなのだが――ユニさんから野猿くんに、私のことは気にする必要無いからどうか自由に過ごしてほしいと言うように頼んでも、彼女はニコニコと笑うばかりで何も言ってくれなかった。…これは私に対する遠回しの嫌がらせと受け取っても構わないだろうか。


(…っていうか何で私、野猿くんから逃げるような形でリハビリしてるんだろう…)


屋敷の長い廊下をゆっくり歩きながら、深く溜息を吐く。折しも彼はどうしても抜けられない任務だかなんだかで、この場にはいなかった。「オイラがいない間、絶ッッッ対安静にしてろよ!いいな!!」というごり押しに近い言葉と鬼気迫る表情を思い出し、妙に良心がチクチクと痛んだ。いくら彼が加害者だからといって、前途ある若者を召し使いか執事のように働かせるのは、やっぱり間違っていると思う。罪の意識故の行動は、お互い気まずくなるだけだ。…その割に彼は、実に楽しそうに(いや嬉しそうに?)私を抱き上げているのだが。


「…筋トレか何かだと思ってるのかな」


それならそれで、まぁいい…のか?
なんて下らない思考を巡らせながら慎重に足を動かしていたのだが、どうも注意力散漫だったらしい。目の前に迫る大きな影に気付かず、私は思い切り鼻柱をぶつけることになった。しかもその衝撃を殺すことが出来ず、身体が反対側に倒れそうになる。踏ん張りがきかない足に、私は改めて自分の衰弱ぶりを認識した。襲ってくるであろう痛みに備えて目を瞑る。――瞬間、ぐん、と強い力が私の腕を引っ張った。


「…。倒れそうになる時くらい悲鳴あげろ」

「え…」


反射的に目を開ける。褐色肌の強面とがっしりとした右腕が視界に飛び込んできた。その腕が自分の身体を支えてくれているのだと判って、思わずぴきっと固まった。

あの、助けてもらっておいてごめんなさい。
…太猿さんって、実際に会うと凄く怖いです。












どんなに小さなことにも細心の注意を払って生きよ。
人生において「少しずつ」というのは小さなことではないのだから。
―――セクストス



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