「……また雨か」 高天原でオモイカネはうんざりした体で呟いた。 「何だ、またふて腐れているのかオモイカネ」 連日続く雨に嫌気がさして紫煙を吹かす知恵の神に、ツクヨミは半ば呆れて襲い来るニコチンを手で払った。実はここ数日、イライラが募る一方のオモイカネの煙草は日に日にきつい香りになっているのだ。非喫煙者のツクヨミにとってはたまったものではない。 「お前は雨が嫌いではないのか」 畳にだらしなく横になったままオモイカネは友人を見上げる。ツクヨミは首を傾げた。 「お前は嫌いなのか?」 「…厚い雲に覆われた暗い空、うっとうしい湿気!!何より太陽が隠れてしまっているあの嫌な感じ……!!嫌いっていうよりトラウマだ!!」 「…お前、まだ岩屋戸事件を引きずっていたんだな…」 煙と共に愚痴を吐き出すオモイカネに、ツクヨミは冷静だった。 「忘れられるか!!地上に降りれば魑魅魍魎がうようよしてるし、高天原に帰ってくれば苦情が殺到するし……」 「…確かにあれは…ひどかったな」 ツクヨミは苦笑した。口ではこう言っていても、オモイカネは本気で怒ってなどいないと知っている。 「けど俺はそんなに嫌いじゃない」 ツクヨミはそういうと簀に続く障子を開けて空を見上げた。降り続いていた雨はだんだん弱くなってきている。 「雲に覆われている日は姉上がそんなに頑張らなくてもいいだろう?たまには休息もいるってことだ。それにほら、」 彼は満足そうに笑うと空を見上げてある一点を指で差し示した。オモイカネは何だろうと煙管を置いて立ち上がり、ツクヨミの指先が示す方向を目で追った。うっとうしい小雨が止み、雲間からやっと太陽の光が降り注ぐ。 「わぁ、虹だ!!」 簀で遊んでいたヒルコやあわしまが楽しそうに声を上げるのが聞こえた。 「綺麗なものが見えただろう?」 七色の光の橋。休息をしたアマテラスが世界に贈る、ささやかな贈り物だ。葉から落ちる雨露でさえきらきらと輝き、どんよりとした灰色の世界は一気に光の世界へと姿を変える。 雨上がり 世界は水の恵みと光の恵みによってきらきらと輝き美しい色彩を取り戻す。 |