短編

□セントホワイトバレンタイン
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 夕方。ちらついていた雪は止み、私は無事自転車でバイトに行くことができた。私のバイトはスーパーのレジ打ち。1年の秋から続けているため、パートのおばちゃんとめちゃくちゃ仲がいい。他学部の友達や先輩とも仲良くなれて、バイトやって良かったと思う。

 実を言うと初めはただ、慎也先輩と同じ職場で働きたいっていう不純な動機だったんだけど。

 九時、スーパーは閉店準備を始める時間になって、人もまばらになってきた頃、

「藤咲、ちょっとこっち手伝ってくれない?」

と同期の敦に手招きされた。

 ちなみに敦は加奈のカレシ。加奈がマネージャーやってたテニス部の主将だった。今は引退してるけど、時々行ってるらしい。

 テニスしてたから、右腕が発達していて肌は日に焼けている。

 工学部で大学院行くらしく、就活はしないらしい。茶色から黒に染め直した加奈と対照的で未だ金髪だ。
 本当に就活しない気らしい。

「何を?」

 とりあえずレジにレジ休止中の立て札を立てて、店の中央のちょっと催し物が出来るスペースに行くと棚がたくさん組み立ててあった。

「ちょっと商品並べるの手伝って。飾り付けもしないといけないし」

 示されたほうに目をやると、棚の至るところにハート型のポップが放置されたままになっていた。

 そうか、バレンタインが近いんだ――私はその時初めて気付いた。

 クリスマスができなかった私は、それで頭がいっぱいだったから、気付かなかった。

 去年のバレンタインは、追いコンの前の日だったから、今年のバレンタインで付き合い出してちょうど1年になる。

 初めての、バレンタイン。どうしようかな。やっぱり手作りをあげたいな。

 私の足は自然と『手作りコーナー』というポップが見える棚に向かった。

 ゴムベラやクッキー型や紙のカップなどの道具から、チョコスプレーやアラザンなんかのトッピング、それに包装用の箱まで何でも揃うコーナー。

 もちろん、板チョコや手作りキットも置いてある。

 やっぱり、型はハートかな?小さいサイズが可愛いよね。渡すときは、中身が見える袋がいいかな。でも箱も可愛いな。

 慎也先輩、私がチョコ渡したら、きっとまたちょっと赤くなるんだ。

 丸い掌サイズのピンクの箱を受け取った彼は開けてもいい?って聞いて、私はうん、って答える。彼はあの長くて細い、男らしく骨張った指でリボンを解いて、蓋を開ける。

 中には全部トッピングが違う、一口サイズのハートチョコが並んでいて。

 どれから食べようか迷っちゃうな、なんて言って私の頭を撫でて、それから笑って言うんだ。

『何だか照れくさいな。ありが』


「藤咲?そっちはもういいから、あっちのワインコーナー手伝って」

 敦の高めな声が、妄想中だった私を一気に現実に引き戻した。

「……なにその目。ごめん、俺何かした?」

 おのれバカ敦。

 でもさすがに慎也先輩の妄想をしていたとは言えず、「何でもない!!」と言ってワインコーナーに仕方なく向かった。その時つまずいたふりして敦の足をヒールで踏んでやった。

 乙女の妄想を、一番いいところで邪魔した罰だ。

 ふん、ざまあみろ。
 あ、加奈、カレシにやつ当たりしちゃってごめん。


―――――

 アルファ波が出ていそうなオルゴールの音が、私の耳をくすぐる。目の前には淡いクリーム色のテーブルクロスがかかった丸テーブルとピーチティー。

「すみません、チョコレートケーキをひとつ」

 落ち着いた高さの少しかすれた懐かしい声が聞こえてぱっと顔を上げると、そこにはスーツ姿の慎也先輩が座っていた。

 最近流行りのスマートな形をしたストライプのスーツに、白いカッターシャツ。あの細目のネクタイもかっこいいな。

 つり目でも垂れ目でもなく、ほどよく細い目元はクールだけどやっぱりどこか優しげ。

「どうした?」
「……何だか、久しぶりだなって」

 彼は困ったように笑い、ごめんなと言いながら私の頭に手を伸ばす。

 私は彼が頭を撫でてくれるの、大好き。だから、あの大きな手が頭に触れるのを素直に待った。

 だというのに。



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