短編

□セントホワイトバレンタイン
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 昼休み、大学構内のカフェテリアで友達と喋っていると不意に携帯がメールの着信を告げてきた。

 幸せな恋の歌の着うた――ディスプレイを見なくても誰からのメールか判る。去年大学を卒業して、現在社会人一年目の慎也先輩。私が今、お付き合いしてる人。

 せっかくの恋の歌も、携帯が発している単なる電子音だと何ともチープだ。

『明日も会いたいね』――明日どころか、正月以来一度も会ってない。自然と溜め息がもれる。

「せつか、メール。慎也さんじゃないの?」

 窓際のカウンター席に一緒に座っている加奈がティースプーンで私のポケットを指し示した。加奈は私と先輩が最近会ってないことを知っている。付き合う前から応援してくれた加奈のことだから、気にしてくれてるんだと思う。

 でも最近、彼からのメールは見るのが怖いんだ。

 私は白いカウンターテーブルに乗っかった紅茶を冷ますふりをして、心を落ち着かせた。

 よく見ると、さっき投入した角砂糖が溶けきれていない。まるで今の私みたいだ。

 スプーンを乱暴に突っ込んだら液体が波立って、そこに映り込んだセピア色の女の子がゆらゆらと揺らいだ。


 私が彼と知り合ったのは私が大学生になった年。慎也先輩はその時3年生だった。

 新入生サポートをしていた彼は同じ教育学部の同じ心理学科で、右も左もわからない私に声を掛けて助けてくれた。

 私は迷子体質で、広い構内は私をとても不安がらせていたから、彼が苦笑いしながら学部棟まで連れ帰ってくれたとき、本当に嬉しかったんだ。

 加奈はいつだったか、恋は『フィーリング、タイミング、ハプニング』だと言っていたけど、本当にそうだと思う。

 桜が散る中現れた、程良い明るさの短くさっぱりとした茶髪、きりっとした、だけど優しげな目元や、すらりとした長身。

 細く見えるけど、男の人らしく背中も手も大きくて、ひどく安心したのを覚えてる。

 だから多分、一目惚れだった。

 それからいつの間にか恋をして、追いかけて、去年の追いコンのあと、積もった雪を見ながら告白をして。

 彼は少しびっくりしていたけど、笑って「いいよ」と言ってくれた。後で知ったことだけど、私たちは両想いだったんだ。

 あの時には、こんなもやもやした気持ちを抱えることになるなんて、これっぽっちも思ってなかったのに。

 私は全面ガラス張りの窓に視線を移し、外を見た。いつの間にか細かい雪がちらちらと空から落ちて来ていて、今朝から寒かったもんなとぼんやり考えた。

 積もるだろうか。積もってしまったら自転車は乗れないから、歩いて帰らなきゃ。

 先輩が今住んでいる隣の県は降ってるかな。風邪ひかなきゃいいんだけど。あの人、面倒見がいいくせに自分のことはてんで駄目なんだから――

 そんなことを考えながら、私の右手は無意識にパーカーのポケットを探っていた。携帯にぶらさがったご当地キューピーを掴んでポケットから引っ張り出し、パカッと開くと案の定、彼からのメールが一件。


From センパイ
Sub 週末



 タイトルを見ただけで判る。週末、ダメになったんだ、って。

 返信、いやだな。だってわがまま言って困らせたくはないから、結局私は『わかった、お仕事頑張って』って返すんだ。

「慎也さん何て?」

 加奈は最後にとっていたらしいショートケーキの苺をフォークで刺しながら、漸く返信メールを打ち出した私の顔を覗き込んだ。

 心配してくれてるのが痛いほどわかる。

 その証拠にほら、微かに震えている私の右手に手を添えて、軽く握ってくれる。

 加奈がそんな顔をすることないよ。

 そう言いたいのに、加奈はとても優しい子だから、多分言ったらもっと哀しそうな顔をするんだと思う。だから私は「ただの時報だよ」って答えた。

 既に昼休みは終わっていて、あんなに混んでいたカフェテリアも今はまばらになっていた。外には遅刻したのか走っている学生が何人かいる。

 私は気がめいってしまったので、結局3コマ目の実習は自主休講してしまった。


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