「ラジエル」 暗い夜空に突如現れた金色の髪と羽を持つ青年はラジエルの名を呼び、美しく爽やかな笑い声を響かせた。 「随分と久しいですね。お元気でしたか?」 くすくすと軽やかに笑い、底の知れない金色の瞳を煌めかせる彼の名はベリアル。美しく、優しく、こうして笑うとどこか妖艶。 「元気も何も、こっちは忙殺されて大変だよ」 「ふうん……上で何かあったんですか?」 風見鶏が暗闇の中、くるくる踊る。今夜は風も無く、月すら出ていない。屋根の上に天使が――元天使も含めてふたり、密会をしているなどと誰が思うだろうか。 暫くラジエルという男は黙っていたが、やがてベリアルの反応を確かめるように呟いた。 「……サリエルが堕ちた」 「サリエルが?」 ベリアルはその気の強そうな目を見開き、思わず身を乗り出した。 「何故です?彼は神の目であり『善意』ではありませんか。それが何故」 「……目をダメにしたんだ。彼の左目は特殊だったからな」 「……邪眼……」 ベリアルが低く呟くと、ラジエルは頷いた。 「何でも見通し、何人たりとも赦さず過去を暴き、使い方によっては他人を生かすこともあやめることも出来る――神聖で禍々しく、それ故混沌に近付き過ぎた。天上は今、サリエルの後釜を狙って大騒ぎだ」 ふん、とベリアルは鼻で笑った。危険を犯してまでわざわざ堕天使と接触をはかるのだから、何かあるなということは彼も承知していたが―― 「この私にサリエルの後釜になれと?」 ラジエルは答えずに肯定を示した。彼の青い瞳がベリアルの金の瞳を射抜く。キィキィと風見鶏が軋んだ音を立てて揺れる。生温い、嫌な風が吹いた。 「やりませんよ、そんなもの。真っ平ごめんです」 ベリアルは目を細め、口角を上げた。 「貴方、私が堕天使だということを忘れているでしょう?」 「まさか――今でも忘れられない。お前が堕ちて行った時のこと……神はあれを悲劇だったと仰せになる」 ベリアルは小首を傾げて数回瞬きをした後、発作的に笑い始めた。一頻り笑い漸く波が収まると、彼は静かになった風見鶏をその華奢な人差し指で弄びながら立ち上がった。 「……そう、あれは悲劇だったのでしょう。神にとって少しばかり予想外なことがあったでしょうからね?」 今度はラジエルが鼻を鳴らす番だった。 「少しではない」 ベリアルはそれは結構と笑いながら、『うっかり』風見鶏を折り取ってしまった。 「さぁ、今夜はもうお戻りなさい。ミカエルが嗅付けて来ますよ」 「仕方がない……最後にひとつ、面白い情報を教えてあげる」 ラジエルは至極楽しそうな表情でささやいた。 「ニガヨモギが現在行方知れずだ」 secret meeting-密会- そして世界は混沌と化す |