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□Belial-無価値-
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『ベリアル』

 その響きが嫌いなわけではない。けれどもそう呼ばれるのは――嫌い。

 ――無価値。

 いいえ、そんなはずはない。合理主義のあの創世神が、価値の無いものをわざわざ混沌から取り出すわけがないのだから。

 父の目的は美しい箱庭を創ること。都合の悪いもの、要らないものはほら、未だあの闇色の扉の中。

 ――ならば何故私は無価値?美しい箱庭に存在していながら


 いつから私は、無価値なのでしょう――



「…アル、ベリアル!!」

 急に聞こえた低く張りのある声。驚いて顔を上げると隻眼の男と目が合って、ああ会議中かと思い出した。

「すみません、サリエル」

 サリエル――短くサイドに刈込を入れた金の髪と眼帯が特徴的な男。神の代わりに、世界に『不具合』がないか監視する<神の目>。その眼光は鋭く、まるで鷹のよう。

 同じ天使でも、ここまで違う。片や<神の目>、片や<無価値>。私にはこれといった力もない。あるのは、誰もが羨むふわふわの輝く金髪と金の瞳。言ってしまえば、ただ美しいだけ。

 神様は今、金色に夢中。だけどそれもきっと直ぐに飽きる。あの方は気まぐれで無邪気。それゆえ残酷。

 はじめに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。

「光あれ」

 神は美しい箱庭を創ろうと、混沌から光を取り出した。美しいもの、綺麗なものだけを混沌から奪い去る。


 やがて生まれた双子の神子。神々しい金髪をもつ弟と、星を散りばめたような銀髪の兄。

 その子どもの銀髪は美しかったけれど、弟の金髪が隣ではくすんで見える。子どもは明けの明星と呼ばれ、ただひとり祭り上げられた――否、あれはどちらかというと体のいい隔離幽閉。

 神はやはり、金色がお好きらしい。弟君は祝福され、天界中が彼に夢中。


 神はわかっていたのでしょうか。いずれ私よりも美しい金色が現れることを。だから私は<無価値>だったのでしょうか――

「おまえがベリアル?」

 あの日、清らかな水が流れる白い神殿の中央で腐っていた私を見付けてくださった幼い貴方――銀髪の<明けの明星>ルシフェル様。

 ひとり隔離され贅を凝らしたものに囲まれながら彼は孤独だったのでしょう。あの子の瞳は何かに飢えていて、どこか私に似ていた。

「無価値?ちがうよ、ベリアル。ベリアルの本当の意味は<無益>。お前はいやだって言うかもしれないけど……」

 ――僕にとって<無益>なものほど温かく感じるものはない



 ああ、ルシフェル様。価値を与えてくださった貴方を失った今、私は本当に無価値となってしまいました。この美しい楽園は、今の私にとって何の意味も成さないのです。


「ベリアル!!」

 突如聞こえた低く鋭い声に顔を上げると何十という対の瞳がこちらを興味津々に窺っていて――ああ、確か裁判中だったと思い出す。

「自分の処遇について審議されているというのに余裕なことだな?」

 余裕ですって?この私が?あの方を失って気が狂いそうだというのに。

「それは……申し訳ありませんでしたね、サリエル」

 ずらりと並んだテーブルの中央にいる隻眼の男だけを見据え、ただ薄く笑うしか出来ない無力な私。いいえ、無力というより、多分無気力。だって頭がはっきりしない。もう、何もかもがどうでもよいこと。

 この美しい神さまの庭にはもう、私という存在は要らないのでしょう――それならばそれでいい。だから、ああ、サリエル。お願いですから早くこの裁判を終わらせて。私はあの子を捜しに行きたいのです。あの子は私がいないと直ぐに泣くのですから。

『本来、愛情に利益なんて求めないでしょ。だから無益なものはきっとあったかいんだ……』


Belial
-無価値-



 私は貴方の為なら地に堕ちたって構わない。たとえ天に逆らい邪悪と呼ばれようとも。


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