その少女はどこか遠くをじっと見つめていた。砂混じりの乾いた風が彼女の長い髪の毛を揺らす。その髪は砂漠の中にあってはちょうどオアシスの色をしていた。その彼女の視線のずっと向こうには、方角からして緩やかな山脈が連なっているはずだ。豊かな自然に恵まれたそこは、砂漠に身を置く彼女たちにとってまさに桃源郷だった。 かの山々は彼女の生まれたところではない。しかしながら遠くを見つめる少女の表情は郷愁が滲み出ていた。故郷を持たないが故に故郷に恋焦がれている――そういう心内は誰の目にも明らかであったが、あの地を夢見たのは何も彼女だけではない。語り継がれた祖の夢でもあった。 「…行けないわけではないんだがな」 寂しそうな少女の背中を見遣り、青年はぽつりと呟いた。すると少女は不思議そうな顔で振り返り、首を傾げた。 「行けるの?」 「行こうと思えばな。ただ、時期が悪い」 時期が悪い、という言葉の本当の意味を少女は知らなかった。そのことを問うと決まって「大人の事情だ」としか返って来ないのだ。だから、いつならいいのか、と聞くと彼は困ったように笑った。 「それはあちらの事情だな」 「…よくわかんない」 世界が色んな事情によって成り立っていることを彼女はまだ知らないのだ。彼女の民族は一見各地を自由に放浪しているように見えるから仕方がない。だが今は激動の時代、行き先はおろかルートさえ偶然ではなく必然に近い。彼女はまだそれに気付いていなかった。 キャラバンの方から笛の音が聞こえてきた。青年はベルトに差していた笛で合図を返すと立ち上がり、少女を呼んだ。 「帰るぞ」 「うん」 少女はまだ知らない。世界が日々どれ程変化しているか。 the Middle Age ――それは、希望と混沌に満ちた激動の時代である |