ふることふみのことづたえ

□異変
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 夜、まだ科学を知らない地上は月の光に優しく照らされながら静かに眠る。人間たちはツクヨミの庇護のもと、一日の疲れを癒し夢を見る。

 満月は疾うに過ぎ、月は漸う細くなってきていた。もうすぐ新月である。

 新月の夜は、闇に属する者たちの力が一番強まる日。ツクヨミの庇護は弱まり、代わりに闇の気配が濃度を増す――その理由は、新月の日にツクヨミの通力が弱まるからだと思われているのだが、真実はそうではないことを、闇の住人たちは知っている。

 そして彼女もまた、知っていた。

「綺麗な光だこと」

 美しく、狂気を孕んだ声が夜の空気を震わせた。

「私を天上へ導いてくれそうな光ね……」

 彼女の形のいい口唇が弧を描く。

「イザナキ様……とうとうお会いできる。貴方の息子が、私を高天原に迎え入れてくれるでしょうから。
 ……血に濡れた、夜闇の王がね……」

 その日の夜、狂気にまみれた歓喜の笑い声が、一晩中響いていた。


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