「なぁ、オモイカネ」 「何だ?」 「少し、休憩せぬか?」 世界が明るさを取り戻して早くも三日。高天原にも活気が戻り、むしろ以前に比べて多忙を極めていた。 真っ暗だった間に修築が滞っていた大門はタチカラオが中心になって目下修築中だし、掃除やら洗濯やら、日常的にやるはずの仕事すらほとんどできなかったために、今はどこも大掃除をしている、といった感じだ。 そして高天原の中心部でも、これ以上ないほど忙しかった。アマテラスの不在が引き起こした、仕事の山の処理に追われているのである。そして冒頭に戻る。 「休憩?」 休憩しようというアマテラスの言葉に、オモイカネはぴたりと手を止め、極上の笑みを浮かべた。 「そんな暇があると思っているのか?」 もちろん、目は笑っちゃいない。普通の神経ならば、この笑顔を見ただけで黙るだろう。しかし参謀の冷笑を恐れるような精神の持ち主が、一癖も二癖もある神々の頂点など務まるはずもない。彼女は意にも介さず涼しげに言った。 「そうか、それは残念だ。もうすぐコヤネが甘味を持って来るはずなんだが、この調子では甘味はなしか……」 「……そなた……」 実はお腹と背中がくっつきそうだった彼は、あっさりと白旗を揚げた。 ◆ ◆ ◆ 「ところでスサノオはどうしている?」 大量に運び入れられた三色の串団子をせっせと消費していく参謀を横目で見ながらアマテラスはコヤネに尋ねた。コヤネはスサノオの通力が暴走しないようにかけていた言霊を少しずつ解いていっているのだ。彼女は少し考えた後、困ったように視線を逃がし、曖昧に言葉を濁す。 「通力は安定しています。でも、まだ立ち直っていません」 「……そうか」 アマテラスは溜め息をつくと額に手を当て、眉をひそめた。 世界が明るくなったとはいえスサノオが受けたショックは大きく、まだ立ち直ってはいない。暴走して、大門を壊して、迷惑をかけてしまったと泣いているらしいのだ。アマテラスとスサノオが揃って皆に謝罪をしたとはいえ、彼を謹慎処分にするだけでは足りないのではという者もいるため尚更だ。 姉弟の対立の原因を知る者は、三貴子を除けばウズメと彼に説明を受けたタチカラオ、そしてオモイカネのみである。他の神にも原因をはっきり提示できればいいのだが、下手に語ることはできない。 なぜならその中心にいるのは、忌子とされてきた『淡嶋』――つまり秘密にされている『天の鍵』の正体が絡むからである。それがまた、この事態をややこしくしていた。 「本当に面倒なことになったな……」 ぼやくアマテラスに、オモイカネは「誰のせいだと思っているんだ」と軽く溜め息をつく。 「岩戸事件がどうのと言うつもりはもうないが、あわしまを乱暴に扱ったのは感心しない。スサノオが怒るのも致し方ないし、当然だろう」 アマテラスは気まずさにお茶を喉に流し込んだ。彼女とて、わかっていたのだ。相手が自分より長く生きているとはいえ、成長していない小さな子どもであることも、恐らく子ども自体には何の罪もないのだろうことも。 しかし彼女は、何故あわしまが『忌子』とされているのか、正確なことを知らない。あのような重要な役目を負っていながら神の系譜に入っていない。成長もしない。そのことが、統治者としてのアマテラスが警戒心を抱き、あのような態度をとった由縁であった。 「私は言ったはずだ。あの子はイザナキ様の御子ゆえ、高天原に仇なすことは決してないと」 「それだけでは保証にならぬ。私はお前を信頼しているが、それとこれとは話が違う」 「気持ちはわかるが……まぁ何にせよ、いい機会だ。あわしまとヒルコについては今度で片をつけよう」 オモイカネはそう言って、再び団子に手を伸ばした。 |