ここはどこだろう。常世じゃない。自分がいるべき場所じゃない。 彼は意識が浮上するとすぐにそう感じた。何だか頭がすっきりしない。思考が働かないというよりも、むしろ頭の中を何かにぐちゃぐちゃにかき回されているように落ち着かず、気持ちが悪い。何より、煩わしかった。不快感にぎゅっと目をつむって耐えていると、どうしようもなく泣きたくなる。 時間が止まってしまったのではないかと思うくらい静かで、物音ひとつしない。このまま独り、耐えるしかないのかと焦燥感だけが募る。 もう眠りたい。さっきの夢を見ていたい。 それなのに、何かに邪魔をされているかのように、意識は落ちてくれなかった。眠りたくない、と心のどこかがそう叫んでいる。 眠ってしまえば、もう戻って来れなくなる。眠りたくない。 二つの矛盾した感情がせめぎ合う。どうすればいいのか、どうしたいのかすらもわからない。深く眠り、何もかも忘れてしまえばいいとも、そうして全て忘れてしまうのは嫌だとも思う。自分がわからない。それ以前に、そもそも私は、 ――私は、何……? 「常世のオモイカネ」 低く、それでいてよく響く声が不意に鼓膜を揺らした。 「常世生まれの知恵の神。それ以外に、何か定義が必要か?」 ほんのり甘さを含む、ほろ苦い、しかしどこか安心する香りが辺りを包み込む。とても懐かしいこの香りはなんだったろう、とオモイカネは記憶を探る。 「何がそんなに不安だというんだ。一体、何を迷っている」 眠りたいけど、眠りたくもないのだと彼が答えると、その声は優しく静かに「ならば起きればいい」と答えた。それは、例えれば穏やかな春の海のさざ波のように耳に心地よい。 「オモイカネ。お前は今、自分が起きていると思っているのだろうが、眠ったままだ。迷うから苦しいんだ、いつものように起きればいい」 |