昨夜、思いっきり泣いて眠ってしまったスサノオは、目が覚めてびっくりした。昨晩、共に夕餉を食べた面々が揃いも揃ってごろ寝をしていたのである。しかもその辺に盃やら酒坪やらが散らかっている。 「姉上、起きてください」 一番近くで毛布や上衣にくるまっているアマテラスを揺すると、彼女はうっとうしそうに顔をしかめてから細く目を開けた。 「姉上、おはようございます」 しばらく状況がわからず瞬きを繰り返していたアマテラスだったが、突然がばっと起き上がった。 「しまった!また化粧したまま眠ってしまった……!おはよう、スサノオ」 沈んだ声で弟に挨拶をしてからふと周りを見渡すと、酒盛のあとのぐだぐだ感がその場の空気を支配していた。 「仕方のない奴らだ」 自分のことは完全に棚にあげて、その辺に転がっているどうしようもない者たちを順番に起こしていく。 ツクヨミとフトダマが目を覚ましたそのとき、きゃあっという少女たちの叫び声が廊下から聞こえた。 「オモイカネ様、いかがなさいました?!」 「チガエシ様!」 「どうした?」 アマテラスが廂に顔を覗かせると、オモイカネとチガエシが転がっていた。少女たちは彼らがどこか具合でも悪いのかと思ったのかもしれない。 「ここは私に任せて、お行きなさい。朝餉の用意をしに来てくれたのだろう?」 アマテラスが少女たちに優しく促せば、少女たちは素直にはいと答えて台所へと向かって行った。 初々しいなと微笑みながら彼女たちを見送ったアマテラスだったが、ふいに足元に転がっている青年を順番に爪先で軽くつついた。 「起きろ、通行の邪魔だ」 情けないうめき声が聞こえた。 ◆ ◆ ◆ 朝餉の後すぐに旅支度を整えたスサノオが、今天原宮の門の前で元気に葦原中津国へ出発しようとしていた。彼はアマテラスの遣いとして、中津国に住んでいる神々のもとへ今回の騒動について謝罪をしに行くのだ。それと同時に、ツクヨミの遣いとして感謝の意を伝えに行く。 世界が深い闇に呑み込まれていたとき、影に住まう悪霊を抑えていたのはツクヨミだけではない。中津国の神々も協力していたのだ。本来であればツクヨミ自身が赴きたいところなのだが、彼は未来永劫中津国へ降りることを禁じられた身。それゆえスサノオに遣いを頼むしかなかった。 「行ってまいります」 はきはきとした、元気な声でスサノオは挨拶をする。 昨晩まで泣いていた彼は、今は前を向き、汚名を返上しようと張り切っていた。思いっきり泣いて気持ちを吐き出し、すっきりしたというのもあるが、アマテラスやツクヨミが今までと変わらぬ態度で接してくれたことが彼を勇気づけた。 もう、絶対に迷惑をかけない。 それは難しいことだろうがそれでも彼は自分自身に誓ったのだ。 「頼んだぞ」 見送りにきたツクヨミが、目線を合わせるためにしゃがんで言った。 「気を付けて、寄り道はせぬように。ああそれと、これを」 懐から小瓶を取り出し、スサノオに手渡す。 「俺の秘薬だ。効力は、月が出て沈むまで」 スサノオは渡されたそれを顔の前で少し振ってみた。すると、中の透き通った水が、淡く青い光を放つ水泡を立てた。瓶越しに見た兄の顔は、どこか哀しそうにみえた。 「チガエシ、あわしまを連れて、スサノオを浮橋まで送って行ってくれないか」 ツクヨミが門柱に寄りかかっているチガエシの方を振り返る。 「別にいいが……お前は、」 「ついでに、」 チガエシの言葉を遮るように、オモイカネが口を挟んだ。 「下界に降りてタワシたちを回収してきてくれ」 「……それお前でも難しいだろ、無茶言うな」 あんな好き勝手にちょこまか動く生き物を、どうやって回収しろというのだ。だいたい、降ろした数自体が多すぎて、とてもじゃないが無理だろう。 |