「あの…、」

一番最初は朝だった。
聞き覚えのある少年の声が耳に入って、雲雀は応接室へ向けて動かしていた足を止める。

「雲雀さんは、その、欲しい物ってありますか?」

雲雀が『草食動物』と形容するその少年は、いつものようにビクビクとしながら、一度もしたことのない質問を口にした。

欲しいもの?

「………」
「な、無いんだったら、えっと、オレに出来ることってありませんか?プリント運びとか、トイレ掃除とか…」

雲雀の沈黙(実は真剣に考えていた)を怒りと勘違いした少年は、冷や汗を流しながらおっかなびっくりそう言った。

端的に言えば、少年は自分の役に立ちたいらしい。
そう解釈した雲雀は、ふと思い付く。この草食動物が自分のためにできること。

「だったら君は二度と遅刻をしないでくれる?書類の処理が面倒なんだ」
「は、はい!わかりました!!」

失礼します、そう言いながら少年は廊下を駆けていった。




「おいテメェ、好きな音楽のジャンルは何だ?」

次は2限の休み時間だった。
応接室の雲雀を訪ねて来たのは、朝出会った草食動物の自称右腕、ガラの悪いタバコ少年。

好きな音楽のジャンル?

「………」
「興味あるとか、好きな楽器とかでもいいんだよ!!」

雲雀の沈黙(実は真剣に考えていた)を音楽を聴いた事がないと勘違いした自称右腕は、猫が毛を逆立てるようにそう言った。

好きな楽器。それはもちろん体育館の隅にある、式典の度に校歌を奏でる…

「ピアノ」
「へぇ、まあ予想通りだな」

じゃあな、と言って自称右腕は出て行った。彼にしては珍しく、雲雀に突っ掛かることもなく。




「ちーっす、ヒバリ!ヒバリって食えない寿司ネタある?」

次は昼休みだった。屋上で昼寝していた雲雀を訪ねたのは、朝出会った草食動物の友人で野球部の期待の星。

食えない寿司ネタ?

「………」
「ははは、無いんならいいんだわ。じゃあな!!」

雲雀の沈黙(実は真剣に以下略)を無いと汲み取った野球部員は、昼練があるから!と言って早々に屋上を後にした。

食べられない物は確かに無い。だが、
(ヒラメ…、)
好きな物を聞かれればすぐに答えられたのに、と考えながら、雲雀はまたうたた寝を始めた。




「久しぶりだな恭弥。ところでお前、最近困ってることないか?」

次は放課後だった。夕日が射し始めた応接室に雲雀を訪ねてきたのは、金髪に入れ墨の、自称雲雀の家庭教師。

困ってること?

「………」
「あー、聞き方が悪かったな。例えば何か壊れたとか、足りない物とか」

雲雀の沈黙(実は以下略)を自分の言い方が解り難かったと勘違いした自称家庭教師は、頭を掻きながらそう言った。

そういえば。
壊れたワケではないが、調子の悪い物がある。長い間酷使したせいで素早く伸縮が出来なくなりつつある。それにちょうどスペアも無い、

「トンファー」
「ははは!お前、何本持ってても足りなそうだよな。」

じゃあ用意するよ、そう言って自称家庭教師は出て行った。よくわからないが無償で貰えるなら貰っておこう、と雲雀は考えながら書類の処理を進めた。




「雲雀さん、雲雀さん!雲雀さんは嫌いなお菓子ってありますかー?」

次は帰り道だった。遠くから駆け寄りながらそう言ったのは、いつだったかインタビューと称して雲雀にいろいろな質問をぶつけた、名門緑中学校の女子。その後ろには草食動物と同じクラスの女子もいた。

「………」
「じゃあもっとダイレクトに聞きます、甘い物は好きですか?」

雲雀の沈黙(以下略)を選択肢が多すぎたと思った緑中女子は人差し指をピンと立ててそう言った。

甘い物。嫌いではないと思うし、疲れが溜まっている時に食べると素直に美味しいと感じることを考えれば、むしろ好きな部類に入るだろう。

雲雀が小さく頷くと、少女達は「イーピンちゃんにも教えてあげよう」と、目を輝かせて去って行った。





それは5月4日の出来事
(…何なの、いったい)





次の日、応接室のデスクの上には、『二度と遅刻はしません』と書かれた血判付きの紙と、ピアノ主体のクラシックのCD、ヒラメのネタを多めに使った寿司、真新しいトンファー、手作りのケーキが置いてあった。






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お誕生日おめでとう雲雀!!

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