創
□|誕生日|
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そよそよ、
田に植えられたばかりの苗が風にゆれる頃。
5月20日、
拙者はこの世に産まれ出でた
らしい。
窓から見える田を、
ぼんやりと眺めながら、
同僚の質問に答えた。
「じゃあ、誕生日なんスか!?今日!」
良く響き渡る、大きな声で話す同僚のおかげで、この部屋に居る何人かが振り返った。
鬼兵隊の現在のアジト。
江戸の端の、静かな所。
「いや、そう聞いた事は有るという話で。本当に今日なのかは、定かではないのでござるが。」
ちらりと、この部屋に居る我らが大将の方を覗き見ると、会話は聞こえて居ないととれた。変わらず武市殿と話を続けていた。
聞こえてないならばそれで構わないし、もし聞こえていても、今まで言わなかった事に対し咎められる事でも無いであろう。
|誕生日|
第一、此所に来てソレの事を聞いてきたのも来島殿がはじめてだし、遠い昔に聞いた時から、自分はソレが特別な日と認識してはいなかった。
大分成長してから、ソレは祝われるものだとか贈り物をするだとか知ったのだが、
知ったからと言って、過去に祝われなかった事を悲しんだことも無く、自分の中では相変わらず、ソレが特別になる事も無かった。
だから…、
「何で言わないんスかー、そんな大事な事!!!
今聞いてなかったら、完ッ全スルーしちゃうとこだったっスよ!?」
だから、
「別にスルーでも構わないのでござ」
「だぁー、もう強がらないっっ!!!
みんな聞くっスー!!!」
パン、パンと両手を打ち鳴らす来島殿に、部屋に居る人らの視線が集まる。
別に強がってもいないが。いつもの事だがこの同僚、人の話というものを聞いていない。
ため息をつきながら成り行きを見守れば、
今日はこの河上万斉の誕生日だと発表し、無理矢理、部屋一同のおめでとうコールを指揮し、満足げにふり返った。
「やっぱ、誕生日は祝われた方が嬉しいっスよね♪
おめでとーございますっス!」
そう言い、笑った。
「来ー島ーサン!お仕事ですよ。」
武市殿に呼ばれ、去っていった来島殿の後ろ姿をポカンと見つめていたせいで、近づいてきた気配に気がつかなかった。
「面白ェ奴だなァ。」
ふと右耳の辺りから聞こえる声に、驚いてふり返った。
「晋助、居たのでござるか、見えなかったでござる、
ちいさ」
ギラリと輝く右目に制され、続きの言葉を飲み込んだ。
フンと鼻を鳴らした後、彼はこちらを向いて言った。
「今日だったのか。」
「そう、かもしれないでござる。」
「もっとも、育ちの良い人斬りサンには、余り関心の無ェ事、か?」
「そう、だったのでござるが。」
「アレか、」
「何でござろう?」
「嬉しかったか、やっぱり、祝われたのは。」
「うむ、嫌では無かったでござる。
なんとも、不思議な気持ちでござったな、祝われたのも初めてでござるし。」
「……?俺ン時は祝ってくれたよなァ、万斉。」
「晋助は拙者の大切な人でござるからな。大切な人が産まれた日は特別な日、
祝いたいでござるよ。」
「……、」
「どうしたでござる、晋助。」
解せぬ事でも有るように、首を傾げたりため息をつく。
「まぁ…、手前ェの考え方がよく分からねぇのなんて、今に始まった事じゃ無ェんだが。
…仕方無ェな。
お前もとっておけよ。」
「何をでござろう?」
首をかしげる接写の耳元に、ぽそりと入ってきた言葉。
「 、万斉。」
どくん。
心臓が音をたてた。
じわり、
何かが胸に広がった。
先程祝われた時、不思議に感じた気持ちが更に強く、確実に感情となり。
小さな声で、
あなたに
祝われたソレ
は、
今日から
特別な日になった。
「晋助、拙者なんだかもう一度聞きたいのでござるが、聞き慣れていないし。」
「次は来年だ。」
「来年でござるか、それはまた長いでござるな。
録音して繰り返し毎日聞きたいゆえもう一度」
「来年だ、生きてたらな。」
ぷいと向こうを向くあなたを追って、煙管からの煙が、くるりと輪を描いた。
あぁ、
これから繰り返し来る、
その特別な日を、繰り返し祝って欲しい。
ソレをあなたから祝われたい、繰り返し。
ずっと
ずっと。
|誕生日|:終
おめでとう、万斉!