連載A

□雨に咲く花
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雨に咲く花

+序章+
『ある女とその男』


















雲が薄黒く染まっている。
梅雨独特の湿った匂い。
冷たい風。

今にも雨が降りそうだった。



そんなどんよりとした空を、広い屋敷の窓から、その女は愛しそうに見上げていた。

手には数枚の手紙と一輪の名も無き小さな花。




「誰から貰ったんだ?」




先程から無口になっている女に、男は大層詰まらなさそうに尋ねた。

立派な着物を身に着けた、少し若い男だった。




「気になるかい?」



女が意地悪そうに笑うと、男は女に近づきながら「あぁ、気になるさ」と答えた。

それから窓のふちに手を置き、身を乗り出すようにして空を仰ぎ見た。

暗く濁った色の雲が男の目に映り…




ぽつり。




男の鼻先に一粒の雫が落ちた。

咄嗟に不明瞭な情けない男の声が響き、女はその姿を見て笑った。

そんな女の態度が気に入らなかったのか、男はへっと鼻を鳴らし、胡坐をかいてその場に座った。

少し赤くなった頬と眉間に寄った皺が「童子みたいだ。」と女は思った。

それから、



「ねぇ、お前様。」


なんて、猫撫で声を出して彼の隣に腰掛けた。



「この手紙はね、大切な人から送られてきたものなんだよ。」


「大切な人?」



男は目だけで女の横顔を見ると、すぐに「男か?」と眉間にあった皺をより深くして尋ねた。



「あぁ、男からさ。それも…」



女は天井を見上げるようにして答え、酷く懐かしい眼差しをしたまま、一度言葉を止めた。

不穏な空気が梅雨の空から送られ、二人の間にひっそりと居座った。



「それも…なんなんだ?」




その間に耐え切れなくなったのか、先に口を開いたのは男のほうだった。


女はもう一度笑った。

そして、深く息を吸い己の胸元に大事に手紙を抱いては、答えを焦らすように男の顔を艶やかな瞳で見つめた。




「あたしの初恋の相手からだよ。」




意地の悪い女の笑みに男は再び鼻を鳴らしたのだが…

女の顔が徐々に懐かしさと愛しさとが混じったものに変わっていく様に気付くと、ただ唖然としてしまった。



「ねぇ、お前さま。」




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