連載A

□その後…
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あれは何度目の夜だっただろう?
深夜に目が覚めた時だった。
看病に疲れたのか、彼女は私のすぐ隣で気を失ったように眠っていた。


元々細かった体は更に細さを増し…
そっと真っ白い頬に触れた途端、彼女の閉じた瞼からは涙が溢れ、私の指に触れた。
ずきんと胸が痛む。


過去において、私と彼女がどんな間柄だったのかはわからないが、寝る間も惜しんで看病する姿を見ていれば、なんとなく解ってしまうものがある。きっと…否。



私は彼女にこれ以上辛い思いをさせたくなかった。
そして、その思いは私に一つの決意をさせた。


怪我の完治が近づいた或る日、私は意を決して彼女に告げた。



「何時までも此処でお世話になる訳にはいきません。」


と…。
たった一言を発しただけなのだが、私は何故か泣きたい衝動に駆られ、彼女の顔を見る事が出来なかった。
ふわりと立ち上がった彼女は、「それが貴方の望みなら」と小さく呟くと、静かに部屋を後にした。
酷く弱弱しい声音だった。


此処を離れる。
私という存在がこの場所から消えてしまえば、貴方はきっと、これ以上悲しい笑顔をしなくて済むのだから。

だから私は、貴方の目の前から消えましょう。
…けれど、もし…



「…。」



そこまで考えると、私ははっとし我に返った。
温かい風が桜の花びらを運んできたのだ。
ひらひらと舞うようにやってきたそれは、私の服に辿り着いてぴたりと止まった。

ふと、桜の大木が私を呼んでいるような心持がし、私はふらり中庭へと向かうことにした。









-5-



あともう少し…
あともう少しで…


思い切り手を伸ばせば、ぐらりと視界が歪んだ。
一瞬ドキリとして、崩れた体勢をゆっくりと立て直す。


枝の上は予想以上に不安定だった。
ちょっとした風が吹くだけで、ぐらぐらと左右に揺れ、先端へ向かえば向かう程上下に動いた。


私は少しだけ後退ると、幹に寄り掛かり深く息を吐いた。
それから懐で鳴く小鳥の方へと視線を流し、心配そうに見つめる黒丸の瞳が目に留まった。



「…大丈夫。ちゃんと帰してあげるから」



雛鳥にそう伝え、そっと羽を撫でると、私は今一度しかりと正面を見据えた。
すぐ目の前には、目的の巣。


「大丈夫。」


そう自分に言い聞かせ、恐る恐る前進した。
下を見なければ、恐怖心は出ない。
頑張って手を伸ばせば届く距離。

私は雛鳥をそっと手中に納めると、体を支えていたもう片方の手に力を込め、ぐっと大きく状態を前方に伸ばした。


「あと…少し…っ」


手先に巣が触れ、それから指を伝って雛鳥は無事に帰還した。
私は不安定ながらも体勢を留まらせ、巣の中をそっと覗いた。


間近で見ると皆同じ顔で、先程の雛がどの子だかは判かなかった。
何にせよ、安心した。


まるで人の子の様にはしゃぐ小鳥達を見つめ、微笑みかけた時だった。



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