連載A
□その後…
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閉じていた瞼を開けると、何処までも広がる蒼い空が視界に映った。
―心の奥底に眠っている貴方は、もう目覚めてはくれないのですか?
目頭が熱くなり、堪え続けた涙が零れ落ちようとした時だった。
熱い雫よりも先に、直ぐ真上から小さな影が落下した。
私は驚き何度か瞬きをして影に近づくと、其処には可愛らしい雛鳥が一羽、助けを求めるように羽をばたつかせ鳴いていた。
上を見上げれば、枝の上には小さな巣。
確か…
昨年の秋頃にもこんなことがあった。あの時は彼が身軽に枝の上に跳び上って、、、
そこまで思い返すと、私の胸は再び痛み発した。
人というのは如何してこうも過去に拘ってしまうのだろう?
俯いた視線の隅に、未だ羽をばたつかせる小鳥が映った。
私はそっと膝をつき、その小鳥に手を伸ばした。
出来るだけ優しく、怖がらせないように静かに持ち上げる。
羽を鳴らしている様子を見た所、特に怪我はしていないようだ。
もう一度巣のほうを見上げてみると、同じ顔をした雛鳥たちが、まん丸な瞳でこちらを見つめていた。
そのあどけない様子がとても可愛くて、私は久々に素直な笑みを浮かべた。それから、
「今、お家に帰してあげるね」
そう言って小鳥を懐に入れると、桜の枝に手を伸ばしたのだった。…
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―いつからだろう?
彼女は私を「利吉さん」と呼ぶようになった。
だから何だと云われれば、答えは見つからないのだが…
自分でも不思議な位、彼女のそんな余所余所しさが、途轍もなく胸を痛ませるのだ。
彼女の笑顔を見るたびに、私の心の奥底からは、なんともいえない気持ちがこみ上げてくる。
悲しくて切なくて酷く懐かしい気持ち。
私はこの人を知っている。
確かに知っているのだが…
そこから先が一切思い出せないのだ。
どんなに過去を遡っても、どんなに彼女の笑顔を探してみても、私の頭の中に引っ掛かるモノは何も無かった。
彼女のためにも思い出したい…否。私自身のために思い出したいのかもしれない。
その失われた記憶は、きっと、私が何よりも大切にしていたモノで溢れているはずなのだから…
私が深く悩んでいる間にも、彼女は常に笑顔で支えてくれていた。
「無理をしないで」と優しい声音で囁き、震える手を取り温かみをくれた。
本来ならば、『無理をさせてでも思い出させたい』と願う立場なのだというのに。
とても強い人だと思った。
けれど、
私は知ってしまったのだ。
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