連載A

□その後…
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-1-




春の温かな日差しが、夏の強い日差しへと変わり始めた頃だった。


―何時までも此処でお世話になる訳にはいきません。


そう言ったのは確かに彼だった。
眉間に縦皺を寄せ、苦しそうに笑う彼を見た瞬間、私の心の臓は途轍もない痛み発した。








after story
【懐かしい距離】









普段より空が高いと感じた。
私は果てしなく広がるそれを独りポツンと眺めていた。

見慣れた中庭は、桜の大木から落ちた大量の花びらで敷き詰まっている。
この花びら達も直に土へと姿を変えていくのだろう。


「春も…もう終わりだ。」


己の呟きに心がきゅっと締め付けられる。
去年の今頃は“貴方”がいた。
月明かりの下、互いの小指を結んでは、一緒に花見をしようと約束をした。


守れない約束なんて…


そっと俯く。
最近の私はどうも僻みっぽい。
やり場の無い気持ちがこみ上げてきては、体中に溜まっている。
そっと手をかざし、眩しい太陽を仰ぎ見れば、遠い遠い処で数羽の鳥達が舞っている。
何故だか少しだけ懐かしい。

深い溜息を吐いて、私はそっと瞼を閉じた。―









-2-


正直に申してしまえば、彼の笑顔を見るのがとても苦しい。
それから、何よりも、彼の笑顔にもう一人の彼を重ねてしまう事が切なかった。


それ故なのか、何時からだろう?
私は彼の事を「利吉さん」と呼ぶようになっていた。

此処にいるのは確かにわたしの知っている彼なのだけれど、その反面、やはり私の知らない彼でもあるから。

なんとも悲しい距離。


心のどこかで、諦めていたのかもしれない。
もう戻らないのだと。
もう戻れないのだと…

私はやはり弱い侭の卑怯者なのだ。だから…




―何時までも此処でお世話になる訳にはいきません。



私の脳裏に彼の言葉が生々しく蘇った。
彼がその一言を発した途端、酷く胸が痛んで、どうしたら良いのかが解らなくなってしまったのだ。
“本当の終わりの風景”が脳裏一杯に浮かんだ。


彼の顔を見るのが辛かった。
悲しさよりも絶望の方が大きくて、それでもあの時、私は…



私はあの時、何かを飲み込むようにきゅっと唇を噛み締め、それからそっと息を吐き、私は顔を上げたのだった。
精一杯の笑み。

私に彼を止めることなど出来るはずがない。
何故なら、今の彼の記憶に私の存在は…



―貴方が望むなら…



そう云うなり、それ以上その場に居る事が耐えられなかった。
私は逃げるように自室へと戻ったのだった。…




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