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□狼ちゃんと赤頭巾くん。
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鮮血のヴェール。
血も涙もなく、さも当然のように真白い指先で対象の喉を掻き切る。
溢れる血飛沫を拭おうともせぬ。むしろそれを喜んでいる様子すら見て取れた。
「真緒、真緒、私は貴方に-」
これだけの供物を残して逝くの…。
「は、はぁ…っ母上…」
まだ幾分黒色の産毛の残る幼子に残されたその"遺産"は、その年頃の子に残されるものとしてはあまりに凄惨だった。
狼の王たる月狼は、産まれたときは普通の狼と変わらぬ黒い姿をしている。敵に敢えて狙われないようにするためだ。
最終的にはその毛が抜け落ち、銀ともとれる灰色の姿になるのだ。
「…たべ…たくな、い…」
散らばる手足。血にまみれた顔、顔、顔、顔-…
自分たちと何ら変わりはしないものが目の前でばらされ、転がっているのだ。
母様がどうにか加工していたものとは違う。
つまり"現実"がリアルにそこにあった。
「食べたくない、よ…ない……ぁ、あぁ、あ………っ」
人間なんて嫌いだ。
母様を殺して、父様を殺して。
でも、食べられやしない。だってこんなにも僕らに近い。
穢らわしい。
こんなもの、食べられやしない。
自分より強いものに恐怖し、数と道具で両親を殺した人間共め。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。
食べはしまい。王たる妾がそのような穢らわしいものを食べる手本など見せられはせぬ。
そうして、先刻よりも酷く大人びた雰囲気を有した少年は、
両親を喰った。
「あ、あの赤頭巾?」
目を覚まさせたのは昨日出会った一人の少女。
「どうかしましたか?うなされてた」
「妾、は…」
うなされていた、のか。
確かにあれは時折悪夢として赤頭巾を苦しめていた。
あの過去。
赤頭巾はふわりとまわりを見渡した。
「妾たちの他に、何か動物は」
「あたし先程うさぎを見ました」
「そうか、腹は減ったか」
「少し、」
「ふむ」
そう言いながら赤頭巾はふと地面を見つめて真剣な表情を作った。
ぐう。
狼ちゃんからだった。
「…兎は食べられるか」
赤頭巾は本当に楽しそうに笑っていた。
狼ちゃんは真っ赤になってこくこくと頷いた。
真白なその喉を掻き切って。
整ったその指で掻き切って。
銀色の髪に、真白い皮膚に、真っ赤な鮮血が余りにも美しく映えるから。
赤に染まった銀色の髪の様子があたかも赤色のヴェールを被ったようで。
ついた名前が赤頭巾。
そう、それは、忌み名だった。